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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)5603号 判決

被告 富士銀行

理由

一  原告が昭和四三年一月二二日午後一時すぎころ(右の正確な時刻につき、原、被告間の主張に若干のずれはあるが、そのいずれであろうと、本件の判断に影響はない。)被告銀行目白支店において、為替係員石橋朋子に対し、同銀行博多支店にある窪田富美子名義の普通預金口座に金四万円を振込送金するよう依頼し、石橋がこれを承諾したことは、当事者間に争いがない。

次に、《証拠》を綜合すると、(一)原告は石橋に対し、商用の金だから大至急送金したいが二時半までに大丈夫かと確かめたところ、テレタイプを利用しているから一〇ないし一五分くらいで送金できる旨の返答があつたため、持参した現金四万円を差し出して本件送金を依頼し、右送金は午後一時二三分目白支店発信、同一時三四分博多支店受信(ただし、受信担当者がある程度まとまつた受信伝票を整理のため取り上げた時刻)として処理されたこと。(二)被告銀行では、本件の前後を通じ、顧客に対するサービスとして、送金の依頼につき出来うる限り顧客の要望に応ずるよう便宜を図つており、目白と博多の両支店間における同種の送金事例では、通常四〇分くらいで処理されていることが認定できる。もつとも、日沖証人は、被告銀行では、送金時刻の指定につき顧客と約定しないよう行員を指導している旨供述しているが、右証言部分も前記認定の妨げとはならず、他にこれを左右するべき証拠はない。

以上によると、被告は本件送金を午後二時半までには完了すべく原告と約定したというべきであり、石橋の職務権限に関する被告の主張は、前記認定に照らし、採用できない。

二  ところで、本件送金事務が約定時刻までに完了しなかつたことは当事者間に争いがないところ、被告は、前記認定のように博多支店が午後一時三四分に受信している以上、窪田富美子名義の預金元帳に記入が完了していなくても、払戻の請求に応じうる態勢にあつた旨主張する。しかし、《証拠》によると、訴外稲吉行夫は午後二時半ころ博多支店に照会したところ、未だ入金しない旨の回答を受けたことが認定でき、前掲《証拠》中右認定に反する部分は採用できず、他にこの点に関する証拠はないから、被告の右主張は採用できない。

更に、被告は前記履行遅滞につき帰責事由がない旨抗弁する。しかし、その主張の(二)が採用できないことは以上の認定から明らかであり、(一)の主張に至つては、久保フミ子名義のみに拘泥し、窪田富美子名義の口座を発見するのに手間取つた点に過失があることは、その主張自体からして明らかであるから、右抗弁も採用できない。

三  《証拠》によると、請求原因(一)の事実および原告と稲吉間の本件売買契約は、手附金の払込遅延を理由として解除されたことが認定できる。

四  原告は、被告の前記債務不履行の結果、請求原因(四)記載の損害を蒙つた旨主張するところ、《証拠》によると、本件売買は、担保流れ品の換価処分という特殊な取引であるため、売買価格が通常の場合より二割五分も安い金九〇万円という特別廉価な値段である反面、東京と福岡間という隔地者間の取引であるにもかかわらず、手附金は即日(しかも一定時刻まで)、代金は翌日払いという決済方法が取られており、これを要するに、通常の取引とは可成り異つた取引型態であることが認定できるから、原告主張の損害は、畢竟、かような取引にして初めて生ずるものといえよう。

ところで、本件送金契約が締結され、被告において送金手続をした当時における状況としては、銀行窓口における原告と係員の応対は前記認定の域を出ておらず(原告は、本件売買契約の内容および所定時刻まで送金されない場合契約が解除されると石橋に告げた旨主張するが、本件売買の内容を告げたことを裏づける証拠は皆無であり、解除云々の発言も、前掲《証拠》に照らし、採用できない。)、送金にかかる金は原告が持参した現金であり、振込先は普通預金口座で、金額は四万円であることも、前記認定のとおりであり、前掲《証拠》によると、本件送金手数料は一〇〇円であることが認定できる。

以上のような状況下において、本件送金にかかる金員を所定時刻までに送金事務を完了しない場合、原告にその主張のような損害が生ずるであろうことを被告において予見しまたは予見しうべきであつたと期待することは、被告がわが国における有数の都市銀行であることを考慮に入れても、困難であるといわざるをえず、他にこの点に関する証拠はない。

五  以上の次第で、原告の本訴請求は、結局のところ理由がないことに帰するから、棄却

(裁判官 宮崎啓一)

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